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河井継之助墓前祭 2018/8/16 番外編

 

毎年、越後長岡藩の家老 河井継之助の命日となる8月16日には、継之助の墓所がある只見町塩沢の医王寺で、河井継之助墓前祭が執り行われます。

 

前回の2018年の本編に引き続き、戊辰150周年となったこの年2月の、只見ふるさとの雪まつりの様子をご覧いただきます。

 

只見ふるさとの雪祭りのステージにもなる大雪像は、毎年違ったテーマで来場者を楽しませてくれます。

この年の大雪像は、戊辰戦争に所縁の深い、会津の鶴ヶ城でした。

 (ところで、他の地域の方は、会津地方ではなく、会津若松市自体を「会津」と呼ぶのですね。若松の話をすると、「地元の人は「会津」を「若松」と呼ぶのですね」と言われることがあります。)

 

 

以下、大雪像前の看板より

※蘆名 直盛(あしな なおもり) 蒲生 氏郷(がもう うじさと)

 

大雪像 鶴ヶ城(若松城)

⚪︎場所 福島県会津若松市  

⚪︎建築年 1384年

鶴ヶ城(若松城)は、1384年蘆名直盛が築いた東黒川館が原型とされており、その後、蒲生氏郷が五層七重の天守とし名が「鶴ヶ城」に改められました。1868年戊辰戦争の際には、丸一ヶ月に及んだ篭城戦にも落城しなかった堅固な城として有名です。平成30年は、戊辰150周年にあたり、会津の戊辰の象徴でもある「鶴ヶ城」を大雪像として制作しました。

 

 

 

毎年、雪まつり会場のここかしこに作られる雪像は、その時期や年を反映した作品が多く、こちらは、「只見・朝日・明和駐在所」「只見駐在所連絡協議会」のみなさんによる、幕末の会津藩主 松平容保(かたもり)と河井継之助です。

 

 

ステージのイベントでも、山を越えた新潟県からお越しいただいた皆さんの演目が目を引きます。

只見町内の皆さんに加え、国道289号の車道での全線開通で只見町と繋がる新潟の三条市や、かつて河井継之助が生まれ育った長岡市の皆さんが、郷土芸能や演舞で楽しませてくださいました。

 

 

新潟県三条市の本成寺鬼踊り。厄払いの節分行事なのだそうです。

カラフルでお腹の大きな鬼達が、ドラや太鼓、掛け声に合わせて豪快に踊ったり、会場を縦横無尽に練り歩いたり、ステージ外では会場の皆さんと和気藹々と会話を楽しんだり。

鬼が出てくる行事は多々あると思いますが、今まであまり見たことがないようなスタイルで、ドラや太鼓で厳かな感じもあり、5色の鬼で見た目がポップな感じもあり、大変楽しい催しでした。

 

 

金物の街、三条市の三條太鼓。

三条の四季を味わえると言う「三條金物太鼓」では、鍛冶や金属加工を行う際に用いる金床を楽器にしていて、それは、実際に鍛冶屋さんが使用していた鉄道のレールなのだそうです。

鍛造の金属を叩く音が雪場の空気に映えて、その澄んだ音と力強い太鼓の調和がなんとも心地よく、金床を奏でながら舞う姿が見た目にも嬉しい演目です。

「凧が天高く上がるのは、風に流されている時ではない。風に向かっている時だけ」と始まる「三條凧揚げ太鼓」。冒頭の台詞からかっこいいですね。

 

 

 

 

8月16日の河井継之助墓前祭でご披露いただいている、長岡市の前田劔豪会の皆さんによる剣舞です。

鶴ヶ城をバックに繰り広げられるストーリーに、時を超えた感覚が湧き上がります。このどんよりとした曇り空がより一層、継之助の数奇な運命を思い起こさせ、天ですらこのステージを演出する一部であるかのようにも感じられました。

 

 

只見の戊辰語り部

両日 11時〜11時20分 14時〜14時20分

初日の初回の講義直前に寄ってみたら既に満席で、かまくらの入り口から人がはみ出ていて入れませんでしたので、次の回に早めに行って講義を受けました。

興味深い内容もさることながら、かまくらの中での、かなり斬新で画期的な只見の戊辰に関わる講義だと感服しました。脱帽です。こういった発想を持ち続けたいものです。

 

 

戊辰150周年を思わせる入場門と、会場内の雪像を少しご覧いただきながら、2018年の「河井継之助墓前祭 番外編」の最後といたします。